以前、「敵を作らない生き方」ということについて書きました。
敵を作らず、味方を作れば、人生いくらか楽になるかもしれません。
とんがるな
とがる【尖る】
( 動ラ五[四] )
① 先が細く鋭くなる。とんがる。 「 - ・った鉛筆」 「口が-・る」
② 感じやすくなる。過敏かびんになる。 「神経が-・る」
③ 声や表情が怒りで強く鋭くなる。とんがる。 「声が-・る」とんがる【尖る】
( 動ラ五[四] )
〔「とがる」の転〕
「とがる」を俗にいう語。 「先の-・った鉛筆」 「 - ・った口」
「大辞林 第三版』(三省堂)より引用
とんがるとは、上記のような意味ですが、俗語的には、相手や社会などに、つっかかるというような意味もあります。
よく、お笑い芸人さんなどが、若い頃にアイドル的扱いをされて、”自分たちはお笑い芸人やぞ”とふてぶてしい態度をとっていたことを振り返って、”とんがってたな~”なんていうことがあるかと思います。
ここで言うのは、そういう意味での”とんがる”です。
例えば、誰かが、親切心でしてくれたことに対して、余計なお世話だなどというのは”とんがっている”と言えるでしょう。
とんがっていて、何かメリットがあるでしょうか?
”俺(私)格好良い”と自分に酔うことはできるかもしれませんが、相手からしたら、失礼な奴だという話です。
”とんがる”という行為は、相手を寄せ付けず、時には威嚇し、攻撃する行為です。
人を寄せ付けず、威嚇し攻撃してくるような人の味方になろうなんて人はそうそういません。
それどころか、敵になってしまうこともあるでしょう。
味方を作ろうと思ったらとんがっていてはいけません。
味方の作り方
味方の作り方は、いろいろあるかと思いますが、基本的には相手を尊重し、受け入れ、感謝することではないかと思います。
例えば、親切心でしてくれたことに対して、それが、望みも頼みもしていない、余計なお世話であったとしても、親切心でしてくれたということを尊重し、受け入れ、親切心でしてくれたということ自体に感謝を示すといったようにです。
余計なお世話と突っぱねてしまっては、今後、その相手があなたのために親切心で何かをしてくれるということはありません。
突っぱねなかったとしても、無視していれば、同じことになるでしょう。
しかし、感謝を示されたらどうでしょうか?
次もまた、あなたのために何かしてあげようと思うのが人間の感情です。
そして、相手は、あの時はあなたのためになっていなかったかもしれないので、今度はあなたのためになるようにと考えて、何かをしてくれるかもしれません。
余計なお世話にも、感謝を示していれば、その人があなたの味方になって、いつか、役に立つ何かをしてくれることだってあるのです。
あなたのために、何かしてくれる味方がいると、人生少しは楽になるかもしれません。
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