マナーが悪い人は余裕がない自己中な可哀想な人です。生暖かく見守りましょう。

マナーが悪い人は余裕がない自己中な可哀想な人です。生暖かく見守りましょう。 社会

マナーが悪い人を見かけることって、わりとよくあると思います。
私もマナーの悪い人を見かけるとイラっとすることもありますが、腹を立てていても仕方ないので、反面教師として自分もああならないように気を付けようと、生暖かく見守るようにしています。

マナー=他人へのちょっとした気遣い

公共の場で、他人に迷惑をかけないようにとか、他人に不快な思いをさせないようにというちょっとした気遣いがマナーだと思っています。

公共の場で会う多くの他人に、気を遣う必要などないのかもしれませんが、ちょっとした気遣いが難しいとは思いません。マナーが悪い=他人へのちょっとした気遣いすらできない人に出くわすと、不快感を持ちますので、自分がされて嫌なことは他人にもしないというスタンスです。

大して難しくもない、他人へのちょっとした気遣いすらできない人は、余裕がない自己中な人なんだと思います。哀れです。

世代間でマナーの良し悪しに差はあるか?

「最近の若者はマナーが悪い」とか、「いやいや、中高年のほうがマナーが悪い」などといった論争?がありますが、基本的に世代間で差はないと思います。
マナーとはあくまでも個人のものですので、若い人でも中高年でも、マナーが良い人は良いし、マナーが悪い人は悪いです。

ただし、見え方に差はあるかと思います。
例えば、自分より年上の中高年世代のマナーが悪いのを見かけると、「いい年してみっともない」と思いますし、自分より年下の若い世代のマナーが悪いのを見ると、「若いし、子供だし、まあ仕方ないか」と見てしまうこともあります。

日本はずっと年功序列的な文化があり、年長者を敬うべきといった考えが根強く残っていると思います。
敬うべき対象である年長者の、敬うほどの価値がないと思わせるような、マナーの悪さを見ると、よけいに目につくのかもしれません。
年長者の方のは、少なくとも自分より年下の世代の見本となるべく、マナーを守ってほしいなと思います。

マナーが悪い人は、余裕がない自己中な人です。哀れみの目で、生暖かく見守りましょう。決して争ってはいけません。

マナーが悪くて最も不快感を抱くものの一つに、電車での座席の座り方があります。
大股開きで、ドヘッと背もたれにもたれかかって、肘を張って座る人にはイラっとすることも多いです。そういう人が隣に座ると、こちらは足を閉じ、肩を窄めて座っていても、座席幅が狭くなり、非常に窮屈になります。
こういった、自分さえよければいいといった、マナーの悪さには憤りを感じますので、以前は、こちらも股を広げたり、肩肘をわざとぶつけたりして、座席幅を確保するようにしていました。

しかし、はっきり言ってこれは無駄です。相手は自分さえよければいい、自己中な人です。他人の迷惑を考えたり、他人にちょっとした気遣いさえできない人なのです。そんなことされても気にも留めません。

なので、私は、大股を開くような人が隣に座ってきたら、即座にその席から移動します。例え、席が空いていなくても、そういった人間の隣に座って窮屈な思いをし、不快な思いをするくらいなら、立っていたほうが良いです。

繰り返しになりますが、マナーが悪い人は、他人にちょっとした気遣いすらできない、余裕がない自己中な人です。そんな人に何を言っても無駄です。マナーが悪いと騒ぎ立てても無駄です。そういう人たちは、いずれどこかで大恥をかきます。というか、マナーの悪さという恥を公共の場でまき散らしている、とってもイタい人です。
関わっても不快なだけですので、哀れみの目で、生暖かく見守りながら、ほうっておけばいいのです。

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