特別な日があるのではなく、特別な日にするのです

特別な日があるのではなく、特別な日にするのです 雑感

人生には、誕生日や結婚記念日などの記念日、お正月やお盆など季節による特別な日があります。

特別な日は、黙っていても、その日を迎えることはできますが、それだけでは特別な日にはなりません。

 

特別な日はあってないようなもの

誕生日や各種記念日などは、何月何日と決まった日があります。

お正月やお盆なども同じです。

では、その日を迎えるだけで特別な日になるでしょうか。

その日を迎えるだけでは、特別な日であっても、特別な日にはなりません。

例えば、誕生日にいつも通り仕事なり、学校なりにいって、誰からも何かをされることもなく、自分で何かをすることもなく過ぎ去ったとします。

これでは、ただその日を迎えたというだけであって、特別な日とは言えません。

むしろ、特別な日であるが故に、特別な日にしないと虚しさに襲われることだってあります。

特別な日は存在はしていますが、そのままでは特別な日にはならないのです。

そう考えると特別な日というのはあってないようなものだと言えます。

 

特別な日にする

特別な日が、特別な日になるためには、自分なり周囲の人間が、その日を特別な日にする必要があるのです。

上記であげた誕生日であれば、周囲の人が一声”誕生日おめでとう”と言ってあげるだけで、特別な日になるかもしれません。

周囲にそういう人がいないという場合は、自分で自分をお祝いしてもいいのかもしれません(余計に虚しくなる可能性もありますが…)

特別な日が、特別な日であるためには、特別な日にする必要があるのです。

特別な日にするには、それなりに労力が必要です。

例えば、結婚記念日であれば、プレゼントを用意するとか、ディナーに出かけるとか、何でもいいのですが、それなりに労力を要する必要があります。

ただし、労力を惜しんで、特別な日にしなければ、結婚生活自体が終わってしまうことにつながることだってあるかもしれません。

たいした労力なんて必要ないのです。

特別な日を、特別な日にするための労力なんて、たかが知れています。

僅かな労力で、特別な日にできるのですから、少しの手間を惜しまず、特別な日にするほうが、人生が多少なりとも充実するかもしれません。

 

特別な日にしてあげる

”してあげる”なんて言うと、おこがましいかもしれませんが、あなたが少しの労力を費やすことで、あなたの周りの人の特別な日を、特別な日にしてあげることだってできます。

例えば、疎遠になっていた友人の誕生日に、”おめでとう”と言ってあげるだけで、その友人の誕生日を特別な日にしてあげられるかもしれません。

お正月に、学生の頃の恩師に、”明けましておめでとうございます”と、メールなり、年賀状を送るだけで、恩師にとって、特別なお正月にしてあげることだってできるかもしれません。

誰かの特別な日を、特別な日にしてあげられるのなら、こんなに良いことはありません。

是非、誰かの特別な日を、あなたの力で特別な日にしてあげてほしいと思います。

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