”男の美学”などという言葉があります。
自分なりの美学を持っている人というのは、やはり憧れるものです。
美学とは
びがく【美学・審美学】
美の本質や諸形態を、自然・芸術などの美的現象を対象として経験的あるいは形而上学的に研究する学問。現在では芸術学ないし芸術哲学が主であるが、もとは感性的認識を論ずる哲学の一分野であった。 〔ドイツ語 Ästhetik や英語 aesthetics の訳語。中江篤介訳「維氏美学」(1883~84年)にある。明治初期の「審美学」の略語〕
『大辞林 第三版』(三省堂)より引用
美学とは、美の本質を研究する学問のことのようですが、一般的に言われる”美学”は少し意味が異なっています。
例えば、”男の美学”という場合、自分なりの、男としての格好良いあり方とか、信念とかそういった意味合いが強いと思います。
男としての美しいと思える在り方を、自分なりに追及するものがいわゆる”男の美学”なのでしょう。
”美学”というのは、その人なりの美しい在り方を追求したもののことを指すのかもしれません。
美学は生き様になる
”美学”が、その人なりの美しい在り方を追求したものなのであれば、美学を持って生きるということは、その人なりの美しい生き方を追求して生きるということです。
その持っている美学そのものが、そのまま生き様になるということでしょう。
そして、美しい在り方を追求して生きるのですから、漫然と生きるよりは苦悩するかもしれませんが、充実した人生を生きられるのではないかとも思うのです。
美学を持たない人は、どうしてもその場しのぎの生き方になってしまうのではないかと思います。
美学を持つ人は、美学という軸を持って生きるので、より主体性を持って生きていると言えるのかもしれません。
できることなら、自分なりの美学を持って生きるほうが、格好悪く、泥臭く、そして美しく生きられるかもしれませんね。